復職前の面談で押さえておきたいこと
休職期間が終わりに近づいてくると、自然と復職を意識することが増えてきます。復職を前に「やっと以前のように働ける」「今まで休んでいた分も取り戻そう」と意気込む方もいれば、「本当に復職して大丈夫だろうか」「職場に受け入れてもらえるだろうか」と不安になる方もいるかもしれません。また、意気込み半分、不安半分という方もいるかもしれません。
多くの場合、復職の前には人事や上司など企業側との面談があります。意気込んでいる場合、つい面談でも「がんばります」「大丈夫です」「良くなりました」「できます」と伝えたくなるものです。やる気があること自体は素晴らしいことですが、「やりたいという希望」と「実際にできるかどうか」は違います。休職前の全力で働いていた状態をイメージして話を進めたものの、いざ働きだしたら想像以上に大変で、再びメンタル不調を抱えるといったことにもなりかねません。
「大丈夫です」といった表現をすると、企業側に現在の心身の状態とは異なったイメージで受け取られる可能性もあります。実は企業側も、「本人の言葉通りに受け止めていいのか」「求められていないのに特別な配慮を提案したら尊厳を傷つけるのではないか」と不安を覚える場合があります。やる気だけでなく自分の心身の状態を正確に伝えることが、働く自分にとっても受け入れる会社にとっても重要です。
復職に不安を感じている方も、「休職で迷惑をかけたのだから」「職場で受け入れてもらえるように」という想いから面談で「できます」「がんばります」と答えてしまうことがあります。面談は、復帰する側と受け入れる側の両者が不安を解消する場でもあります。もしも「以前と同じ業務量だとこなせないかもしれない」「遅刻せずに通えるかわからない」と感じているのなら、不安を隠さずに「業務量を減らせないか」「出勤時間を遅らせることはできないか」と提案するほうが互いに有益な面談となります。
企業側も、せっかく復職した人材が再休職したり辞めてしまったりするのは本意ではありません。面談を行うのは、復職後に起こりうる事態を把握して対応を練るためでもあります。できないことはできないと率直に伝えて配慮を求めることで、お互いの不安を安心に変えていくことができます。
意気込んでいる方であれ不安を感じている方であれ、復職前の面談で押さえておきたいのは以下の2点です。
1.自分の病気や症状の特徴、現在の心身の状態などを正確に伝える
2.必要な配慮や対応について話し合う
このように、自己理解を基に合理的な配慮を求めることを「セルフアドボカシー(自己権利擁護)」といいます。
合理的配慮とセルフアドボカシー(自己権利擁護)
合理的配慮という言葉は、国連で「障害者権利条約」が採択された流れから「障害者差別解消法」が制定・施行されたことで日本国内でも少しずつ知られるようになりました。
身体障害、知的障害、精神障害といった障害の種類や程度にかかわらず、障害があるということは生きていく上で何らかの不自由があるということです。その不自由な状態の解消に向けて、障害者が他の人と同じように生活し、楽しみ、働くために周囲が可能な範囲で必要な支援をするのが「合理的配慮」となります。
障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。
【参考:「合理的配慮」の定義(「障害者権利条約」第二条 定義 より一部抜粋)】
たとえば、車いすを使用して生活しているケースを考えます。何らかの不自由があることで場合によっては「障害」と定義されますが、車いすだからといって必ずしも不自由というわけではありません。自宅から出かけるときも、車いすを使えば自由に移動できます。不自由が生じるのは、バスに乗ろうとしたのに「混んでいるから」「ダイヤが乱れるから」といった理由で乗車を拒否されるときです。このように社会の側が不自由な状況を作り出しているというのが、近年における「障害」の考え方です。この考え方は「社会モデル」と呼ばれています。ここで運転手に求められる合理的配慮は、「昇降機を使ってバスに乗せて専用のスペースに車いすを固定する」という対応です。
精神障害も、車いすのケースと同様のことがいえます。就労に関して不自由を強いられる事例には「勤務が可能な状態で十分な技能もあるのに、精神障害を理由に就職を拒否された」「同じ業務をこなしているのに給与や評価が低い」「上司や同僚から差別的な言動をされた」「実現不可能ではない配慮を求めたのに断られた」といったものがあります。「障害者差別解消法」では、このような不自由を解消することを民間企業にも求めています。
ただし、精神障害の場合は、障害が目に見えないため周りの人も実態を把握しにくく、症状や病態が人によって大きく異なるといった特徴があります。そのため、合理的配慮も人それぞれ違ったものとなります。
たとえば車いす使用者を社員として受け入れる場合は、使用する机の高さを調整したりコードが床を這わないように配線を工夫したりというように、いくつかの対処法があります。それが精神障害の場合は、ある人は「机の周りにパーティションがある方が落ち着く」というように、真逆の対応が必要なこともありえます。
そこで必要となるのが、「セルフアドボカシー(自己権利擁護)」です。前述したように、セルフアドボカシーとは自己理解を基に合理的配慮を求めていくことです。
1.自分の現状を正しく理解する
一般的に「自己理解」というと性格や気質を理解するという意味で使われます。それも自己理解の一種ですが、セルフアドボカシーにおける自己理解は意味合いが異なります。
ここでは特に、復職前の面談に向けて必要な自己理解にポイントを絞ってみていきます。
まずは、自分の病気や症状について知ることです。その病気について科学的に確かな知識を得ることで、自分の感じている不調や困難の原因を客観的に把握できるようになります。また特徴的な症状などを知ることは、自分の状態についても理解を深めることにつながります。
その上で、現在の自分の心身の状態を正しく把握していきます。日頃から行動の予定を立てて記録を残しておくことで、「直近の3週間は朝6時に起床できている」「集中を要する作業を5時間行えるようになった」といった具体的なデータを取ることができ、現状を理解しやすくなります。記録を振り返って「こういう作業は得意だ」「こういう環境だと集中しやすい」といった発見があれば、それも記録しておくことで本来の力を発揮するために必要なことが明確になります。
自分の病気や現在の状態を理解できたら、復職した後を想定して「できること」「できるかどうかわからないこと」「手助けがあればできること」「配慮してほしいこと」を区別しておきます。
メンタル不調を抱えた状態での自己理解というと「できない」「苦手」ばかりに目が向きがちですが、負の自己理解が多くなれば自己肯定感も損なわれます。同じ事柄でも「ここまでならできる」「こうしたらできる」とポジティブな理解を心がけることで、自信やモチベーションを高めることもできます。
2.適切な配慮を求める
「ただでさえ休職して迷惑をかけたのに」と気兼ねして相談できないまま復職してしまうと、負担が重すぎて再び調子を崩し欠勤が増えるという可能性もあります。復職後も安定して働けるように、面談で配慮を求めることは大切です。
「障害者差別解消法」では、民間企業にも本人の意思の表明があった場合において合理的配慮の努力義務を課しています(第八条2)。それは障害者手帳を持っていなくても同様です。
ただし、企業側の負担が大きすぎる場合は、合理的といえません。たとえば「人の話し声が気になって集中できないので防音イヤーマフを使いたい」という意思を表明した場合、デスクワークであれば企業側が使用を認めるのは過大な負担ではないため合理的配慮といえます。それが接客業となると、同じ要望であっても使用を許可するのは難しくなります。そのような場合は、企業側と調整をして「顧客の声が聞こえやすいように集音マイクを設置する」「接客の少ない業務に変更する」というように双方が無理のないような形を検討し、合意形成する必要があります。
そのためにも事前にさまざまな配慮の方法を知り、選択肢を増やしておくことが大切です。先ほどの例であれば「話しかけるときは先に合図をする」といった配慮や、「話し声が届きにくい場所を用意する」といった環境整備による配慮、「マイクを設置する」「インカムを使用する」といったテクノロジーによる配慮など、さまざまな手段が考えられます。復職時に合意した手段で上手くいかなかった場合は、再び上司や人事と交渉し調整していきましょう。
求める配慮が企業側にとって合理的といえるかどうかは、話してみなければわかりません。交渉や調整が必要になることを念頭に置きつつ、きちんと必要な配慮を伝えていくことが大切です。
「障害者差別解消法」では、本人の意思を重視しています。これは歴史的に本人の意思を無視した政策や対応により差別が繰り返されてきたためです。合理的な配慮も「意思の表明があった場合において」提供するように定められています。
配慮を求めることは、生きる権利や働く権利を自分で守ることです。結果的に要望とは異なる形になるとしても、まずは自分の意思を伝えることが重要です。
もっとも、伝え方によっては企業側に「一方的で過大な要望を押しつけている」と思われて交渉がうまく進まない可能性もあります。調整を前提として話を切り出すことで、そのような無用な衝突や誤解を避けることもできます。
復職後も安定して働くために
せっかく復職したからには、安定して働き続けたいものです。そのためには「7割」の力で働き始めるイメージを持つことが重要です。モータースポーツでも、最初からトップスピードで走れる車はありません。エンジン全開で走り続ければ、すぐにガス欠になってしまいます。長いレースほどペース配分が重要ですが、就労でも同じことが言えます。
復職そのものが、環境の変化といった大きな負荷を伴うことです。その上に全力で仕事をして疲労が溜まれば、心身の健康状態にも影響を及ぼします。余力を残しておくことで、そのような問題を未然に防ぐこともできます。復帰後の業務に関して「ここまではできます」と伝える場合も、ギリギリのラインではなく7割のパワーでできることをイメージして伝える方が、何かあった場合に対処する余裕が生まれます。
うつ病などのメンタル不調を抱えている方は責任感が強い傾向があるため、回復したなら全力で仕事に取り組まなければと考えがちです。全力を出せる状態まで心身が回復していたとしても、しばらくはブレーキをかけるくらいの心構えでいることが大切です。一時的な100%よりも継続的な70%の方が、長い目で見て成果も大きくなります。燃え尽きるまでがんばるのではなく、長く働き続けるために日頃は余力を残すことを意識しておきましょう。
まとめ
自身の要望を伝えるのが難しいという場合には、リワーク施設を利用するのもひとつの方法です。リワーク施設に通うことで、たとえば「日頃から行動の予定を立てて記録を残しておく」という方法を学び、実生活に取り入れることができます。リワーク施設によっては、自己理解に関するプログラムを提供していたり模擬面談を行っていたりする場合もあります。
たとえば、リワーク施設のひとつである「ニューロリワーク」では、自己理解に役立つチェックツールである「Jiメンタルヘルスプログラム」や、「やる気曲線」「心の地図」といったテーマで自己分析をするプログラムなどを提供しています。他にも多岐にわたるプログラムがありますので、ご興味のある方はお気軽にお問い合わせください。
合理的な配慮を求める「意思の表明」は本人以外でも家族や介助者などが代行できます。ひとりで悩むのではなく、身近な人たちやリワーク施設のスタッフなどの力を借りて、安心して働ける環境を整えていきましょう。合理的配慮を得て復職後も安定して働くことができるよう、心より願っております。
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安定就労のための仕事への向き合い方と復職面談で注意したい3つのワード
YouTubeチャンネル「ニューロチャンネル」にて、ニューロリワーク施設長が“復職後も安定して就労するために必要な心構えと面談で言ってしまいがちな言葉”についてご紹介しています。復職面談を控えている方や復職後の安定就労を希望している方は、ぜひご覧ください。
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※ニューロリワークでご提供するプログラムは、事業所や季節・時期によって異なります。
事業所ごとのプログラムは各センターの紹介ページにて掲載させていただいております。
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■ニューロリワーク三軒茶屋センター
三軒茶屋センタープログラム表
■ニューロリワーク梅田センター
梅田センタープログラム表
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【参考文献・参考サイト】
・『事例で学ぶ発達障害者のセルフアドボカシー』片岡美華・小島道生 編著 金子書房
・内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」(2013年6月制定、2016年4月施行)
・内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」(2015年2月閣議決定)
・国連「障害者の権利に関する条約」2006年採択、2014年批准
・法務省人権擁護局 啓発冊子「障害のある人と人権~誰もが住みよい社会をつくるために~」
(写真素材:PIXTA・photoAC)